長瀞秋の七草寺秩父ジオパーク巡り
9月21日〜22日
 黒田巌、松原業、亀澤和雄、平井義雄、澁井祐子、福島桂子、高橋良子、澁井栄蔵
 

 平井さんが企画した秩父七草寺とジオパーク巡りは小川さん夫妻も参加予定であったが、小川さんが体調を崩したため、7名で実施することになった。

9月21日(金)雨 長瀞秋の七草寺巡り

 東飯能駅9時40分集合。日高狭山IC→(圏央道・関越道)→花園IC→(一般道)→道光寺 (尾花)
 →法善寺(藤袴)→昼食→多宝寺(桔梗)→真性寺(女郎花)→洞昌院(萩)→日本一 の青石塔婆
 (国指定文化財)→遍照寺(葛)→不動寺(撫子)→いこいの村美の山

1.道光寺(尾花)

道光寺本堂

尾花

2.法善寺(藤袴)

法善寺

藤袴

3.多宝寺(桔梗)

多宝寺

桔梗

4.真性寺(女郎花)

真性寺(お琴が奏でられていた)

女郎花(オミナエシ)と男郎花(オトコエシ)

5.洞昌院(萩)

洞昌院

白と赤紫の萩
 
洞昌院への道沿いは萩だらけ

6.遍照寺(葛)

遍照寺

葛のトンネル

わずかに残った葛の花


 駐車場から坂道を5分ほど下り、葛のトンネルを抜けるとお寺の前の広場に出た。

 葛の花の時期は過ぎ、花の最盛期にもう一度見たいと感じた。



7.不動寺(撫子)

不動寺

撫子

裏山に咲く白花の曼珠沙華

白花の曼珠沙華を愛でる

日本一の青石塔婆(国指定文化財)

青石塔婆の説明を読む


国指定史跡 野上下郷石塔婆

高さ5m、幅 約1m、厚さ13pのこの塔婆は、現存する板石塔婆としては、日本一の大きさである。
釈迦の種子に梵字の光明真言、「願以比功徳云々」の法華経化城喩品(けじょうゆぼん)の偈(けい)文を刻し、・・・・・・・
この塔婆は・・・・応安2年(1369年)10月に・・・・・ 建立されたものである。


 不動寺の撫子を見た後、明日のジオパーク見学の予備知識を得るため埼玉県立自然の博物館へ。入館終了時間の16時に到着し、地学展示ホールを閉館までの30分間見学して宿に向かった。

 宿泊は「いこいの村美の山」。ここは4年前の4月、「のぼうの城見学と鐘撞堂山登山」の時に泊まった宿だ。


雨の七草寺はいかがでしたか

9月22日(土)晴 秩父ジオパーク巡り


9月22日 雲海 いこいの村美の山 3階より  

 昨日と打って変わって晴れ、ジオパーク巡りに絶好の一日になりそうだ。

 秩父地域は1500万年前まで古秩父湾と名付けられた海底にあった。この古秩父湾の変化は、昨日見学した博物館のパンフレットによると、

 
 秩父地域は、約1700万年前から約1500万年前まで海が広がっていた。海棲哺乳類の化石が産出する。
この海を「古秩父湾」と名付けられている。

 約1600万年前、日本の広い範囲が沈降すると、浅海だった古秩父湾は深海になる。浅瀬から運ばれた砂泥がはっきりとした縞々模様の地層を堆積させた。

 約1550万年、古秩父湾の東縁が隆起してくると、堆積物が湾の西と東の両方から供給されるようになる。
 約1500万年前、古秩父湾の東の陸域がさらに隆起すると、湾は閉じ込められ、古秩父湾は消滅した。この際に隆起した地域が現在の外秩父の原型となっている。

 「古秩父湾」の沈降・隆起に伴って出来た堆積層と海棲哺乳類の化石が、「古秩父湾堆積層及び海

 棲哺乳類化石群」として平成28年3月(2016年)国の天然記念物に指定された。

 また、秩父地域の1市4町は2011年に「日本ジオパーク」に認定された。

 現地で掲示されている説明を読むと「不整合」の用語が出てくる。ネットで調べると

不整合
1.海底に地層が堆積していく
2.地殻変動で隆起し、地層は傾いたり、褶曲する。
  陸地に出た部分は侵食されデコボコになる。
3.再び沈降し、新しい地層が堆積する。
4.その後また隆起し陸地に現れる。

不整合は二つの地層の形成の間に大きな時間の隔たりがあったことを物語っており、このような境目で地質時代が区分できます。


@ 前原の不整合、B 取方の大露頭、C ようばけ E 新田橋の礫岩露頭 を見学

 見学は、前原の不整合→秩父31番札所「観音院」→取方の大露頭→ようばけ→新田橋の礫岩露頭の順に巡り、東飯能駅で解散した。秩父31番札所は、約1700万年前の地層が見られる。

前原の不整合(1億5千万年をまたぐ場所)
 前原の不整合は、駐車場から歩道がない県道を5分ほど歩き、階段を下ると見られる。


赤い点線が不整合面
約1700万年前 約1億5千万年前の地層

不整合面は何処だろう?

 約1億5千万年前の秩父帯の黒い粘板岩(古生代〜中性代の岩石)の上に、約1700万円前の古秩父湾堆積層の礫岩が重なっている。この粘板岩と礫岩の境界を不整合面といい、この礫岩を「基底礫岩」といいます。この不整合面を境に2億年近い時間の差があるのです。・・・パンフレットより


不整合の前で記念撮影

秩父31番札所「観音院」

高さ4mの石の仁王像が立つ仁王門を潜る

296段の石段を上る

 石段の数296段は、般若心経276字と普回向20字の合計で296段になっているようだ。

谷を隔てた崖にイワタバコが咲いていた

観音院に到着

岩の間に石仏

新世代第3紀(約1700万年)の地層

取方の大露頭(地層の不整合、地層の褶曲)
 大露頭前の河原に駐車し桂子さんコーヒーを頂き、露頭を見学。
 露頭は、地層や岩石が土や植物に覆われないで、地表に現れている場所のこと。


大露頭をバックに桂子さんコーヒー準備

第四紀段丘堆積物 新第紀中新生の地層
(秩父盆地地層群小鹿野町層)の間が不整合面

 ここの地層は約1600万年前、海で堆積しました。曲がった地層は海底地滑りにより出来ました。左上の水平に重なる地層は、陸になって、海の地層が削られ、その上に川が運んだ小石や泥が堆積したものです。(不整合)・・・現地説明板より


右に傾斜地層が新第紀中新生の地層のようだ

左側地層が立て、右側地層が横

取方の大露頭をバックに

 ソバ屋で昼食を食べ、「おがの化石館」の駐車場に向かった。駐車場から「ようばけ」への道沿いにソバ畑が広がり白い花を咲かせていた。

ようばけ(生物の楽園の象徴)
 秩父地方では古くから崖のことを「ハケ」とか「ハケット」と呼んでいた。「ようばけ」は、「太陽のあたる崖」が由来と言われているようだ。それにしても変な名前だ。


白いソバの花越しに「ようばけ」が見える
 この崖は秩父盆地に厚く堆積している新生代新第三紀の地層が、赤平川の浸食によって出来たものです。地層は1500万年前の中新世のころ、浅い(水深50m以下)海で堆積しました(海成層)。
 崖の下半分は「奈倉層」の砂岩、上半分は「鷺の巣層」の砂岩と泥岩です。地層の境界がはっきりしているのは、砂岩や泥岩が交互に堆積したためです。
 「奈倉層」は、クジラ、サメ、パレオパレドキシア、ウミガメ等の脊椎動物や貝、カニ、ウニ等の海の小さな動物の化石をたくさん含んでいます。
 「奈倉層」と「鷺の巣層」は、秩父盆地の南西部から中央部、そして北東部まで広く分布しています。 ・・・・・・現地説明板より


「ようばけ」をバックに

新田橋の礫岩露頭(古秩父湾の終焉期を示す露頭)

角がとがった角礫岩が見られる

新田橋の礫岩露頭

       観察のポイント
角礫岩
2mm以上の粒から出来ている岩石。
小さな物から数10cm大の物まで礫が入っている。
形はゴツゴツして角があり、角礫岩と呼ぶ。

地層の傾き
新田橋の礫岩露頭の地層は他に比べ急角度に傾
斜しているので、地層がどのように広がっているか
観察できる。  ・・・現地説明板より

 新田橋の礫岩露頭への道が横瀬町に近づくと石灰岩が採取された山肌に白い筋が流れる武甲山が正面に見えてきた。
 石灰岩はサンゴや貝などにより出来ている。サンゴは暖かい海に育つものなので、武甲山は太古の昔プレートの動きにより移動してきたのだろう。
 古秩父湾といい南の暖かい海から移動してきたであろう武甲山といい、興味がつきない。

 今回の秩父七草寺とジオパーク巡りを企画した平井さんに感謝します。


文と写真:澁井

スナップ写真