富士山が見える北限の山「日山」と日本百名山安達太良山
8月20日〜22日
松原業、亀澤和雄、平井義雄、小俣泰史、澁井祐子、福島桂子、高橋良子、澁井栄蔵
 

8月20日(晴)日山(1054.6m)登山
 JR東浦和駅 8時40分集合⇒浦和IC⇒(東北道・磐越道)⇒船引・三春IC⇒(一般道)⇒
 ⇒田沢登山口・・・日山(天王山)・・・田沢登山口⇒JR二本松駅前「アーバンホテル二本松」


田沢登山口の案内図

案内図を確認

 駐車場と山頂との標高差は417m。車から降りて歩き出したので暑さに体が慣れず、そのうえ雑木林に囲まれた道は、風が通らずより蒸し暑さを感じる。


出発

草が生茂る放牧場の柵の間で休憩

 牛が草を食んでいるはずの放牧場は草が生茂り、原発事故の影響で放牧をしていないようだ。


擬木の階段を登る

芸術的な枝振り

200m毎に山頂までの距離表示がある

山頂近くに大きな岩が

 整備された山道は歩きやすく、200m毎に山頂までの距離が表示されているが、200m以上に感じる。山頂近づくにつれ大きな岩が見えだした。岩の割れ方から花崗岩のようだが、タモリのように岩の種類を特定出来ない。帰宅後、調べるとやはり花崗岩だった。


山頂展望台からの眺め(富士山は見えない)

桂子さんコーヒー準備中

 県立自然公園となっている山頂の広場には、展望台と三つの神社が建っていた。田沢、茂原、葛尾の三地区が、それぞれ建てた神社のようだ。
 ところで、日山は天王山と呼ばれていたことがあるようだ。ネットで調べると、尾張津島神社天王山から牛頭天王を分霊し奉ったことから天王山と呼ばれたようだ。

 源義家がこの社にて東征祈願して檜一千本を奉納植樹した。それから「檜山」と称した。康平5年(1062)尾張津島神社 天王山より牛頭天王を分霊して頂上銭櫃石の側に勧請安置し、戦勝と民生安定、厄災と疫病を除去、田の生産、水の順調の守護神として信仰を集めた。
 慶安2年(1649)6月の大洪水に丹羽二本松藩主が日祭の大祈祷を行って以後、「日山」と改められた。
 明治2年(1869)山は旭岳に、田沢、茂原の社は旭神社に、葛尾の社は日山神社とされ、祭神は建速須佐之男命を祀ることになった。のち再び日山(天王山)と称することになった。

日山山頂で記念撮影 日山神社(右)

 日山神社の右側を行くと、「この先帰還困難区域につき立入禁止」になっていた。この道を下ると浪江町岩下地区の登山口に着くようだ。
 葛尾村の日山(天王山)についてのホームページを見ると、「現在、立入はできません」と記載されている。
 山頂を堺に帰還困難区域と規制のない区域を単純に分けていることに驚いた。


この先帰還困難区域につき立入禁止

帰還困難区域(赤の塗りつぶし)
 桂子さんコーヒーを頂いて、同じルートを下り、JR二本松駅前のホテルに向かった。
 ホテルのすぐ近くにある居酒屋「魚民」でお疲れさまの乾杯。

ホテルに近い「魚民」で乾杯

日山に咲いていた花    

オトコエシ

ゲンノショウコ

ヤマジノホトトギス

フシグロセンノウ

ツリガネニンジン

カワラナデシコ

8月21日(晴)安達太良山(1699.8m)登山
 ホテル⇒あだたら山ロープウエイ山麓駅〜(ロープウエイ)〜山頂駅・・・薬師岳・・・安達太良山・・・
 ロープウエイ山頂駅〜(ロープウエイ)〜山麓駅⇒岳温泉「光雲閣」

 ホテルを出発後、岳温泉の今日の宿に寄りロープウエイの割引乗車券を購入してロープウエイ駐車場に到着。
 ロープウエイ山頂駅と安達太良山山頂との標高差は約370m。標高差は日山の方が大きい。



薬師岳みはらし台からの安達太良山(左が山頂)(クリックすると拡大します)


雲海に浮かぶ蔵王連峰

 ロープウエイを降り、薬師岳の見晴台に寄ると、「この上の空が本当の空です」と二本松市が立てた標柱に書かれていた。
 雲海に浮かぶ蔵王連峰や安達太良山の展望を楽しみ、記念写真を撮って登山路に戻り山頂に向け出発。
脚に優しい木道の登山道が終わるとゴロゴロ岩の本格的な登山道に変わった。
 足下にリンドウ、アキノキリンソウ、ツルリンドウが咲いていた。



安達太良山をバックに

木道の登山道

ゴロゴロ岩の登山道

仙女平分岐に到着

丸太の階段は歩きにくい

またゴロゴロ岩の登りだ

振り向くと

 小俣さんが「リンドウの山」と言うように、登山道に数多く咲いていた。

 標高の高い場所に珍しくススキが群落を作り、その先に雲海に浮かぶ蔵王連峰が見える。振り向くと安達太良山山頂の岩場に人が見える。山頂は近い。


ススキの向こうに蔵王連峰

安達太良山の山頂に人が見えた

山頂は近い

もう少しで山頂だ

 山頂の岩場をバックに写真を撮り、ザックをデポして身軽になり岩場を登って山頂へ。薄い雲が流れ見晴らしが良くない。
 山頂から下り、風が来ない場所を探して昼食にした。
 昼食は今朝、二本松駅前のコンビニで調達したお握りと平井さんの具沢山のお味噌汁。汗をかいた後の味噌汁は格別に美味しかった。


山頂の岩場をバックに
岩場を登って山頂へ

山頂に到着
山での食事は景色もご馳走

左 安達太良山山頂 (写真をクリックすると拡大写真が表示されます。)
(なお、HDディスプレイではここをクリックすると黒枠写真が拡大表示されます。)

 往路を下り、仙女平の先の木陰がわずかにある場所で桂子さんコーヒーをいただき休憩。
 安達太良山は昨日の日山より標高差が少ないが、登山道に岩がころがり歩きにくく、脚への負担が大きかった。
 駐車場から今日の宿「光雲閣」までは5〜6分で到着。温泉で汗を流し、生ビールを飲み、阿武隈の山並みを眺めてのんびり過ごした。


満足感にあふれた顔が並んだ

安達太良山に咲いていた花    

アキノキリンソウ

ツルリンドウ

マイズルソウの実

リンドウ

シラタマノキ

オヤマソバ

アカモノ

ヤマハハコ

ゴゼンタチバナの実

8月22日(晴)巨木巡り
 岳温泉「光雲閣」⇒智恵子記念館⇒片倉のナシの木⇒合戦場のしだれ桜⇒杉沢の大杉⇒
 船引・三春IC⇒(磐越道・東北道)⇒浦和IC⇒JR東浦和駅 解散


宿から見える阿武隈の山々

 朝日と昨日見えた阿武隈の山々を楽しみにしていたが、薄く雲がかかり山は見えなかった。
 今日は智恵子記念館を見学して、巨木を巡る予定だ。
 記念館が開館する時間に合わせて宿を出発。智恵子記念館の駐車場に着くと「休館日」の札が掛かって。記念館に行ってみると智恵子の生家が記念館になっていた。生家はかなり古い造り酒屋らしく、杉玉が下がり、酒の名前「花霞」の看板が掛けられていた。



智恵子記念館 杉玉が下がり造り酒屋のようだ

智恵子記念館入口

片倉のナシ
 根本周囲4.7m、目通り幹囲4.1m、樹高18.5m、推定樹齢400年のヤマナシ
 地名の「片倉」は、伊達政宗家臣の片倉小十郎の館がこの尾根の上に在ったことによる。


片倉のナシの木

直径5cmほどの梨がなっていた

合戦場(がっせんば)のしだれ桜
 日本三大桜の三春滝桜の孫桜で、品種的にはベニシダレザクラ。名前の由来はこの場所が「前九年の役」の古戦場だったため。
 約2m間隔で南北に2本立ち、地元で「合戦場のしだれ桜」と呼ばれ、1本の木のように見えるのが特徴。
 南側の木は根本周囲3.75m、目通り幹囲3.08m、樹高17.2m、枝張り東西20.2m、南北13.9m。北側の木は根本周囲3.3m、目通り幹囲2.62m、樹高17.2m、枝張り東西14.3m、南北16.5m。いずれも枝先が毎年30cmほど伸び、推定樹齢は150年と若い。

合戦場のしだれ桜

満開の合戦場のしだれ桜(ホームページより)

杉沢の大杉(国指定天然記念物)
 根本周囲22.65m、目通り幹囲12.6m、樹高約50m、推定樹齢約600年。
 寛永20年(1643年)二本松藩主丹羽光重が領内を巡視して、杉沢の大杉と名付けたという。
 杉沢の大杉の周りは公園として整備され、ひまわり、コスモスの花が咲いていた。


杉沢の大杉

 杉沢の大杉を鑑賞した後、船引・三春ICより磐越道・東北道を走り、那須高原SAで昼食、
 佐野SAでコーヒータイムをとり、東浦和駅に戻った。

 今回の山行は、平井さんの素晴らしい企画で阿武隈の山・日山と安達太良山登山に合わせ巨木を見ることが出来ました。合わせて、懸念されていた天候も晴れに恵まれ、より楽しい山行になった。


文と写真:澁井
写真スナップ
小俣ビデオ(日山)
(安達太良山)前編
(安達太良山)後編

8月20日 日山ルート



8月21日 安達太良山ルート