紅葉信越トレイル天水山飯山市内見学
10月24日〜27日                7名
 

 総延長約80kmの信越トレイルは6つのセクションに分けられている。2014年にセクション3と4の一部とブナの巨木探索、2015年はセクション1と2を歩いた。
 今年は残りのセクション5と6の一部を歩くことにしたが、25日に予定していたセクション5は朝からの雨と台風21号による林道の被害のため飯山市内見学に変更した。
 毎回信越トレイルに同行している小川さん夫妻は欠場となり7名で実施した。

10月24日(火)晴れ 松代象山地下壕見学

 10時 八王子駅北口駐車場集合。圏央道から関越道・長野道を走り、松代にある戦争遺跡「松代象山地下壕」を見学して、戸狩温泉の宿に行く予定だ。

 途中、正面に北アルプスが見えて来たので、
千曲川さかきPAに寄ったが、見えたのは鹿島槍ヶ岳だけだった。
 上信越道を長野ICで下りると松代は近い。
 松代は幸村の兄真田信之が上田から移封された地だが、ここに戦争末期に大本営地下壕が作られたことは知らなかった。
 松代象山地下壕はパンフレットによると、

 松代大本営地下壕は、舞鶴山(現気象庁松代地震観測所)を中心として、皆神山、象山に碁盤の目のように掘り抜かれ、その延長は約10キロメートル余りに及んでいます。
 ここは地質学的にも堅い岩盤地帯であるばかりでなく、海岸線からも遠く、川中島合戦の古戦場として知られている要害の地です。

 第二次世界大戦の末期、軍部が本土決戦の最後の拠点として、極秘のうちに、大本営、政府各省等をこの地に移すという計画のもとに、昭和19年11月11日から翌20年8月15日の終戦の日まで、およそ9箇月の間に建設されたもので、突貫工事をもって、全工程の約8割が完成しました。

鹿島槍ヶ岳

網の目のように掘られた地下壕

 地下壕の建設に多くの人が強制的に動員されたようだが、当時の資料が残されていないため詳細は不明のようだ。


網目のように掘られた壕>

見学路の最奥部(ヘルメットを着用)

 今日・明日連泊する戸狩温泉のサンヴェルデは、豊田飯山ICを下りて一般道を走ると見覚えのある風景だ。この道は2014年の信越トレイルで泊まった「かのえ旅館」へ行く時に通った道だ。


生ビールで乾杯

 天気予報によると明日は午前中雨、午後から曇りのようだ。信越トレイルは台風21号により信越トレイルの登り口になっている峠までの道が土砂崩れが予想されるので、夕食後、明日の予定を相談して早々に床についた。

10月25日(水)雨のち曇り 飯山市内観光・小菅神社杉並木

 予報通り雨が降っている。午前中は島崎藤村が「雪国の小京都」とよんだ飯山の市内見物をすることにした。ガイドマップによると20余りの寺社が点在し、仏壇屋が並ぶ通称「仏壇通り」にある展示試作館に純金極楽トイレがあるらしい。是非寄って確認しなければ!!。
 10時に宿を出発し、駐車場等を確認のため飯山駅の観光案内所に寄る。水曜日休館のはずの高橋まゆみ人形館は10月中は開館しているととのこと、時間つぶしに丁度良い。

 展示試作館前の高橋まゆみ人形館に駐車して、純金極楽トイレを見に行った。展示試作館は仏壇など飯山の伝統工芸品が展示され、そこに純金風呂のようなトイレが展示されていると予想していたが、ドア、壁、天井に金箔が貼られ金ぴかの来館者が使えるトイレだった。金箔は仏壇製作にも使われるので、その技をトイレに観光客目当てに金箔を貼ったと思われる。


金箔が貼られた金ぴかトイレ

お茶とリンゴで接待してくれた

 展示試作館の職員がお茶とリンゴを用意してくれた。トイレを見に来ただけなのに、心遣いにほっこりと温かい気分になった。

 寺巡り遊歩道を歩くと、妙専寺の案内に「17世住職市川達譲はレルヒ少佐より、一本杖スキーの技術を習得して飯山に普及した。長野県スキーの元祖として有名である。当寺の参道が長野県で最初にシュプールが付いた場所である。時は明治45年1月23日 長野県スキー発祥の年である。」と書かれていた。

寺巡り遊歩道を歩く

妙専寺(雪対策か 見慣れない屋根の形だ)

一本杖スキーの元祖市川達譲翁の銅像

 仏壇通りを駐車場に戻り、高橋まゆみ人形館に入った。粘土で顔を作り布を貼り付けた人形の素朴な表情や表現に暫らく見入ってしまった。


仏壇屋が並ぶ通称仏壇通り

絵葉書より(人形館は写真NG)

 車で移動し、松代藩主真田信之の子が出家して禅の修行をした正受庵を見て、観光案内所で教えてもらった千曲川沿いの道の駅(花の駅 千曲川)に行った。
 道の駅には東屋があり、晴れていれば景色を眺め休憩するのに絶好の場所だ。早速、宿の弁当と平井さんの具沢山味噌汁で昼食。食後は福島さんのザンビア産のコーヒーを美味しく頂いた。
 雨が止んだが、道の駅から見えるはずの信越トレイルの山並みは低い雲に隠れている。

 昼食後、平井さんの提案で、小菅神社の奥社に登る参道の杉並木を見に行くことになった。


杉並木が続く奥社への鳥居前

杉並木の参道を登る

 奥社へ続く杉並木の参道を奥社まで1260mの表示を見て、軽い気持ちで石段を登り始めた。登るに従い勾配がきつくなり石段が滑り易く、石段が終わると山登りになってきた。奥社まで行くには時間が掛るので、沢に架かる壊れそうな太鼓橋で引き返すことにした。ここまで約50分かかった。
 帰宅後調べると小菅神社は北信濃三大修験場の一つで隆盛を誇ったようだ。鳥居から奥社までは、標高差310mで鎖場もあるようだ。太鼓橋で引き返したのは正解だった。

 宿に戻る途中、明日の晴れを約束するように信越トレイルの山並みが見えた。

 宿に帰ると主人が信越トレイルの状況をプリントしてくれた。
 台風21号の影響で、林道が土砂崩れで峠への通行が不可になっている場所があるようだ。


信越トレイルの山並みが見えた

10月26日(木)晴れ セクション6 深坂峠〜天水山往復

 国道117号線沿いにあるコンビニで昼食を調達。国道から分れ左へ、深坂峠への林道を上る。
 林道は舗装され、上るにつれ青空に映える紅葉が目に飛び込んできた。途中、林道に崩れた土砂を取り除く作業を行ったと思われるブルドーザーと出会った。ブルドーザーと出会った場所からさらに上ると土砂を取り除いたと思われる場所を通過した。多分、昨日は通行止めだったと思われる。
 この林道は長野県側と新潟県側を結ぶ生活道路と思われ、車の往来が多いようだ。深坂峠手前の駐車スぺースに車を停め、装備を整えた。

 今日歩くルートは、深坂峠から三方岳を越えてセクション6の最終地点天水山を目指し、深坂峠に戻る往復8kmのピストン登山だ。


セクション6 深坂峠〜天水山区間

深坂峠登り口

最初はルンルン気分の平坦な道
 深坂峠からいきなり急坂を登ると、平坦な登山道になった。
気分良く歩けると思ったが直ぐにアップダウンが始まり、約45分で三方岳に着いたが、山頂の感じがない。

 三方岳から天水山まではアップダウンが連続する上、新潟県側が崖のやせ尾根と雨で滑り易くなっているので慎重に歩かなければ

三方岳(1138m)に到着

登って

下って

展望を楽しんで

滑らないように慎重に下って

 天水山に登り深坂峠に行く私と同年輩と思われる男性2人と出会った。2人はアップダウンが多く嫌なので戻らず深坂峠に下り、車を置いた所まで林道を歩いて行くと言っていた。


天水山北斜面の紅葉を眺め

ブナの紅葉を楽しみながら

約2時間10分で天水山到着

 

 天水山山頂には8人のパーティが賑やかに昼食中だ。私達7人も楽しい昼食の始まりだ。
 コンビニのお握りと永谷園の具沢山お味噌汁の後は、福島さんのコーヒーだ。今日のコーヒーはコロンビア産、昨日のザンビア産の味を思い出しながら飲み比べ、それぞれに特徴があり甲乙付けるのが難しい。
 8人のパーティは松之山口へ下って行ったので静かな山頂に戻った。山頂からの前方の山は上越の山のようだが同定するのが難しい。

 山頂で記念撮影して下山することにした。


天水山山頂で記念撮影して下山

 下山の途中、ガイドが前後についた10数人の外国人パーティと会ったが、ここまで来るのかと驚いた。

 峠には深坂峠と彫られた大きな岩が置かれ、裏に「往古深坂峠は北陸道と共に大和朝廷に依る越しの蝦夷対策の前線基地であり吉備武彦がこの方面に転進したであろうことは栄村白鳥の社に日本武尊が合祀されていることからも推測できる 明治期には浦田村から白鳥へ米を積んだ・・・」と書かれいる。ここは昔から重要な峠だったらしい。

 深坂峠から下り今夜の宿 栄村の中条温泉「トマトの国」へ向かった。栄村は東日本大震災の翌日発生した長野北部地震で大きな被害を受けたことで知られている。

 「トマトの国」とは珍しい名前だ。その由来はトマトの原産地ペルーで「トマト」という言葉の中に【太陽の子ども達】の意味があることから名付けられたようだ。


ブナの紅葉を思い出してビールで乾杯

10月27日(金)晴れ 茅野市尖石遺跡縄文考古館〜帰宅

 豊田飯山ICから上信越道、長野道、中央道を走り、茅野市にある尖石遺跡縄文考古館で国宝の土偶「縄文のビーナス」と「仮面の女神」を見て帰宅する行程だ。
 上信越道を走ると右に北アルプスの山並みが見えたので、松代PAで北アルプスの眺めを堪能。


五竜岳

右に鹿島槍ヶ岳

 今度は中央道梓川SAで安曇野から見える常念岳などの山並みを眺めた後、諏訪に向け走った。


常念岳(左)

アルプスを見て満足そうな顔が並んだ

 諏訪SAで昼食をとり、諏訪南ICから一般道を走る。平井車から「こころ旅」で火野正平さんが寄ったという「葛井神社の千本欅」を見てから尖石遺跡縄文考古館に行くことになった。

 千本欅は落雷や失火等により危険な状態になったため切り落とし保存のため屋根を付けられ、接木した木が大きく成長している。千本欅を見て木の生命力の強さを感じた。


葛井神社の千本欅


尖石縄文考古館

 八ヶ岳山麓の標高1000mの場所にある尖石縄文考古館見学の目的は、国宝の土偶「縄文のビーナス」と「仮面の女神」だ。ところが国宝の土偶は、京都国立博物館の国宝展に出品され、レプリカが展示されていた。
 八ヶ岳山麓・諏訪湖周辺の縄文時代遺跡を示す地形図を見ると遺跡が多数あり、縄文時代は温暖な気候だったようだ。


縄文のビーナス(縄文中期)レプリカ

仮面の女神(縄文後期)レプリカ

復元された縄文時代の住居

住居の内部

 考古館の裏の史跡公園にある復元された縄文時代の住居見て、諏訪南ICより八王子に向かった。
 中央道からは、左に八ヶ岳、右に甲斐駒ケ岳など南アルプス、正面に富士山と繰り広げられる山々を見ながら走った。
 いつの間にか東京方向に向かう車の台数が増えはじめた。道路状況表示を見ると国立府中から都心まで断続的に渋滞が続いているようだ。
 藤野PAで八王子で解散する松原さん、亀澤さん、福島さん、高橋さんは平井車に乗り、私と祐子は自宅に直行することにした。

 信越トレイルセクション5は歩けなかったが、セクション6の天水山往復とブナの紅葉を堪能した山旅でした。皆様お疲れさまでした。


文:渋井栄蔵

スナップ写真
撮影:澁井・亀沢・平井